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読書会よろず小屋2018年3月例会の報告(3月31日:帚木蓬生『ネガティブ・ケイパビリティ』朝日新聞出版社)

 読書会よろず小屋3月の例会は、2018年3月31日(土)にルノアール大久保店マイスペース会議室で行なわれました。今回は初参加の方を含めて10名の方々が出席され、にぎやかに意見交換しました。

 今回のテキストは、帚木蓬生『ネガティブ・ケイパビリティ』(朝日新聞出版社)。



 レポーターからは詳細なレジュメに基づいて本書の概要の紹介がなされるとともに、以下のような論点が提示されました。

  1. そもそもネガティブ・ケイパビリティとは何なのか。それをどう捉えるべきなのか。
  2. ネガティブ・ケイパビリティと希望との関係。希望を持つことがネガティブ・ケイパビリティなのか。しかし希望のない状態でこそネガティブ・ケイパビリティは必要とされているのではないか。
  3. 生きることとネガティブ・ケイパビリティとの関係。実は生きること自体にとってネガティブ・ケイパビリティは必要とされているのではないか。なぜ生きるのか、なぜ死ぬのか、という問いは答えの出ない問いだから。
  4. なぜ今、ネガティブ・ケイパビリティなのか。それが生死に関わる普遍的な現象なのだとしたら、なぜ今ことさらに問題になるのか。
  5. ネガティブ・ケイパビリティとなじみやすい芸術とそうでない芸術があるのではないか。例えば工芸は詩とは異なるのではないか。

 レポーターの報告を受けて議論が交わされました。以下にその一部を紹介します。

  • 言葉で分析的に理解することがネガティブ・ケイパビリティの対極だとすると法律論・法律学は?
     →法律学は規範的な学問。多くの人の納得のいく落とし所を探すことが重要なポイントになる。
     →事実がどうなっているのかを探求する社会学とはそこが違う。
     →納得のいくこと、妥当性が重要なので、そこは寛容と関連しそう。
     →とするとネガティブ・ケイパビリティに近い面も?
  • ネガティブ・ケイパビリティが悩む「力」だと言われると少し違う感じもする。
     →「力」としての側面を強調すると道徳的なお説教になりかねないのでは。
     →ネガティブ・「ケイパビリティ」として概念化することによってそれは何かポジティブなものにかわってしまう(ネガティブであることの意義を取り逃がしてしまう)のでは。
  • ネガティブ・ケイパビリティがほんとうに必要なのは治せない病のケアにおいてではないか
     →エヴィデンスベイスドメディスン、だけでは十分ではない
     →そこでネガティブ・ケイパビリティ?とするとナラティブメディスンに近いようにも思える。
     →が、簡単に答えを出さない(安易に物語に頼らない)のがネガティブ・ケイパビリティではないのか?
  • 苦しんでいる「この私」をどうするかが問題。
     →苦しみに対して「希望」を与えることの功罪
     →『夜と霧』のエピソード(連合軍がクリスマスにやって来るという噂)
  • 精神医学と詩人とをあまり同一に語りすぎるのもどうか
     →技法も理論もある、それを持たない医師にかかりたいとはおもわない
     →が、治療のセッションの枠にすっかりはまりたいかと言われればそれも躊躇する。
     →そこでネガティブ・ケイパビリティ?
  • 河合隼雄の例:不登校の子どもとの無言の面談をのちに感謝される

関連文献
 レポーターが引用していた文献の一つ。



 次回例会は、4月21日(土)18時より、ルノアール大久保店マイスペース会議室で行ないます。ご案内はこちら
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