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読書会よろず小屋8月例会の報告(8月5日:バウマン『自分とは違った人たちとどう向き合うか』青土社)

 読書会よろず小屋8月の例会は、8月5日(土)にルノアール大久保店マイスペース会議室で行なわれました。今回は初めての方も含めて10名の方々が参加され、活発に議論をしました。

 今回のテキストは、ジグムント・バウマン『自分とは違った人たちとどう向き合うか』(青土社)。



 レポーターから概要についての紹介と以下のような論点の提示がありました。

  1. 「自分とは違った人」は難民とは限らない。極論すれば、すべての人が互いに「自分とは違った人」になる。
  2. したがって難民問題については寛容である人が別の問題の文脈では迫害者であることもあり得る。
  3. 本書の最後に提案されている対話による地平の融合は言うほど簡単ではない。そもそもそれが可能であるなら「自分とは違った人」とは言いにくいのではないか。

以上の報告を受けて、意見交換しました。以下は論点の抜粋です。

  • 報告の中でライフポリティクスがライフスタイルの政治とされているが、セクシャルマイノリティの運動をライフスタイルの問題と考えることには違和感がある。
    →ライフポリティクスは解放の政治(貧困や差別からの解放を目指す政治)との対比で用いられる言葉。
    →その意味では(趣味や嗜好の意味合いが強い)ライフスタイルより、自分自身のアイデンティティに関わる政治という意味でアイデンティティポリティクスに近いのではないか。
  • 難民問題のヨーロッパ化とはどのような意味か。
    →難民問題がヨーロッパの外部に発生した問題というよりは、ヨーロッパ自身に内在する問題であるという含意。
    →難民問題が難民の流入する個々の国の問題というよりはヨーロッパ全体で対応すべき問題であるという含意。
  • プレカリアートとは何を指すか。
    →「プレカリアス(脆弱・不安定な)+プロレタリアート」という意味の造語。
    →マルクス主義の文脈であれば「ルンペンプロレタリアート」として侮蔑、敵視されていたであろうもの。
  • 日本の難民受け入れの状況はどうなっているか。
    →日本の入管政策はヨーロッパの極右勢力の理想とされてしまっている(フランスの国民戦線など)。
    →日本の難民の認定数はこの数年、30人弱程度。
  • 本書で論じられている「個人化」はよくないことだが、不可避だということか。
    →個人化には肯定的な面もある。固定的な組織による縛りから自由になるという意味で。
    →だがその自由を活用して生活をよりよくできる層とそうでない層とが分化している。
  • バウマンの主張はいわゆるコミュニタリアンと同じものだろうか。
    →コミュニタリアンは共同性をしばしば伝統(ときにアリストテレスにまで遡る)に基礎付けようとするが、バウマンの議論ではそれは不可能だということになるだろう。
    →バウマンが「徳」の可能性をどのように扱うか不明。
    →コミュニタリアンのいう「個人」とバウマンのいう「個人」とは、かなり含意が異なるのではないか。

関連文献
 議論の途中で触れられた、バウマンの別の著作。



 次回例会は、9月30日(土)18時より、ルノアール大久保店マイスペース会議室で行ないます。ご案内はこちら
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